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マラッカに行ってみた④サンチャゴ砦
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マラッカで最も古い建築物のひとつ、サンチャゴ砦。

1511年にポルトガルの総督が東方貿易の橋頭堡として建造した要塞。

今はこの石造りの門のみだけど、当時は丘全体が高い塀で囲まれていたらしい。



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ここは各国からの観光客が多い。あっ!インド系のおばちゃん発見、暑いけど足は出せないのよねぇ。



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丘の上で、私を待っていてくれたのが?白亜のザビエル像。

子供のころ、教科書で見たあの顔よりイケメンだった。

彼はここから日本に旅立ち、死後9カ月にわたって遺体が安置されていた場所、セントポール教会跡。



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マラッカを支配したポルトガルはキリスト教カソリック派。

その後支配者となったオランダ、イギリスはプロテスタント派だったため、

カソリック教会として建てられたセントポール教会は見放され、メンテナンスされない状態になってしまった。

実は教会史跡内部には高さ2メートルの墓石がズラリと並んでいる。この墓石は何?

実は、この墓石に刻まれているのは同じキリスト教徒でもプロテスタント派の功績者・信者さんたち。

ローマ・カソリック教を否定し、この教会が荒れ放題にしたプロテスタント派の墓石がなぜココにあるのか?

1957年、長かった植民地としての歴史がやっと終わったマレーシア。

イスラム教徒とキリスト教徒の死後の世界に対する価値観が相反するため、

マレーシア政府は平然として墓地の撤去を宣言し、格調高い庭園建設工事に取りかかろうとした。

この情報をキャッチしたプロテスタント信者さんたちは、墓地撤去に抗議したが、マレーシア政府はこれを拒絶。

墓地の代替え地も見つからないまま困っていたその時、カソリック教会が救いの手を差しのべた。

せめて墓石だけでも保存したい!というプロテスタント派の信者さんの気持ちをくみ取り

『キリストの名において同盟者として』カソリック派の信者さんが撤去工事の進む現場で

力を合わせて墓石を、このセントポール教会史跡に運び込んだ、とのこと。泣けるねぇ~。



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テーマ:■旅の写真■ - ジャンル:写真

【2012/04/22 11:10 】 | 2012Malaysia |
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